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5月29日(日) 
 反原発プチしゃべり場第38回
プチ労132回
たみとやジャーナル第145号発行:戦争やめろ!原発なくせ!ウソだろ!!つぎは日本が戦場!?
 2022-5-29プチ労132回まとめ>

参加者:10(SEさん初参加) 中高年:青年=46 地域:それ以外=55

メニュー:Asさん壮行!パエリア&鱈のエスカベーシュ(洋風南蛮漬け)

 

「近現代日本150年の労働者・民衆の闘いの歴史」第42

第四章 日中戦争から敗戦(1937年~1945)~昭和天皇の戦争

新「草稿」()中国民衆の抗日闘争への敗北(第四回)

第二節 抗日根拠地の建設と拡大 ②農民が主人公の村(「草稿」25-33p)

レポーターむぎたさん

 

 レポーターが、「抗日・革命・土地・農民」と題したレジュメで、日本の占領地初の抗日根拠地を建設する過程のリアルな情景を丁寧に、具体的に、浮かび上がらせてくれた。

 それは、「多様な地域性」のなかで、ほんとに「様々な農民」たちが、軍事ではなく、紆余曲折した「地主制度のゆるやかな解体」を通じて、「村の主人公」になっていった過程だった。

 同時に、前回まで見た「途上にあった中国革命」の中国民衆の歴史の上にたって、さらにそれを深堀りしたものでもあった。

 そして、レポーターは自分に引き寄せた。

「今、自分の取り組む立石も含めて5.15高円寺のデモで初めて一同に会した再開発反対運動にも通じる。」

また、Nさんの感想は、「現代日本で大事な“民衆が主人公になる『民主』の創り方”を見せてくれた。」

 

Report & Talk

 

Reporter Mg:この根拠地「チンチャーチー辺区」のなかでも、北京に近いところで農民運動の伝統を持ち抗日意識の強い地域もある一方、封建制が強く残る地域と農民が多かった。

 封建制とは、先祖代々受け継がれた地主の土地に手をつけるのは「良心に反する」、富貴の差は「天命」、世の中はいずれ変わるから闘っても仕方ないという「変天」などの「伝統的心性」と、血縁の強い社会、低識字率、そして、道具として「売買婚」もされる圧倒的な女性差別だった。

 差別された女性たちの意識は、以前担当した「戦争を推し進める男たちを支えた敗戦前日本の農村の女性たちの『ギギ』といわれた意識」ともまったく似ていると思った。

 そうしたなかで、中国共産党が当初実施した制度のみの村政民主化はうまく機能せず、上からの土地の没収ではなく、「減租(小作料引下げ)減息(借金利息の引下げ)」闘争などにより、自発的な再分配を促した。

 小作農民は、食べるものを犠牲にしても、地主が「減租減息」のために売りに出した土地を買い集めた。

 これは、農民の本能的な「土地」に対する信頼と、「農民的土地所有」すなわち、創造的で継承性のある農業への欲求を示していたのではないか。

 以前担当した、同時期の日本の農民運動のなかで見られた「金より土地」という農民の姿と同じ。

 その後、幾度もの紆余曲折を経ながら「地主制度の緩やかな解体」が進み、6-7割に上った小作料は25%程度に下がる一方、当初40%にもいかなかった村政の投票率も1940年には80%を超えるようになった。

経済的資産としての土地の再分配にとどまらず、村落共同体の自然や農業、福祉の管理者という意識としての主権者意識も含めて「再分配」が進んだ。

 民衆の多様な状況の中から一方的に「民族」とか「階級」とかでなく、普遍的な「共通項」を見つけ出し、連帯して課題を解決していく試みが「革命」かもしれない。

しかし、それは革命の半分で、もう半分は、それぞれのコミュニティに具体的に落とし込み、それぞれに合った手段とペースで課題を解決していく試みではないか。

 その意味で、この根拠地の闘争は、根拠地全体からいえば、まだ、ごく一部といえるが、かなり「革命に近かった」のかもしれない。

 今の中国は「いいかんじ」とはいえないが、この当時の「自分たちで地域のことを決めて行く」中国民衆の姿は、日本にもとても参考になる。

自分の関わる立石再開発反対運動も参加した5.15高円寺再開発反対デモは、東京各所で再開発反対を闘う人々が初めて一同に会した機会だった。

 単に「同じ日本人、東京だから」というより、搾取の仕組みとそうされない街創りというところで一致したような気がする。

 そうして集まる一方、各所の課題は、そこなりの人々のつながり方と欲求を踏まえて解決していくことが重要になると思う。

 

N:ところで、この1937年から1940年の間、日本軍が攻めてきて、結構、忙しかったのではないか? そのなかで、よくこんな土地革命がやれたと思う。

GO:実際、何度も「討伐」が来てやられ、「革命」はじゃまされた。

 それが、ようやく、「主権者意識」が高まるにつれ、徐々に日本軍への団結力、対抗力も強まった。

 そのなかでも、軍事というより、その土台づくりとして「革命」がすすんだのは、いいかえれば、前回「孫文を魯迅が媒介となって毛沢東につないだ」と言ったような「途上にあった中国革命」の歴史があったから、それが深堀されていったからとも言える。

YS:この根拠地の様相は、日本の室町時代のようだ。

 室町幕府のすぐ近くで、山城国コミューンがあったような。

 逆に、それと同じように、国家を創る感じはなかったのではないのか?

GO:この「チンチャーチー辺区」のような実践・闘争は、次項でも見るように、さらに、アジア太平洋戦争開始後、日本との戦争が一層激しくなるなかで、隣の「チンチールーユー辺区」で続き、各辺区へ拡大していく。

 また、本稿後半で見るように、蒋介石国民党統治下の農民は、地主制度に一切手が付けられずに、戦争の進展とともに格差と窮乏が拡大して喘ぐなかで、根拠地の「革命」に希望を持っていくようになり、それが、中華人民共和国樹立の基盤となっていく。

 

After Comment

 

N:中国、ましてや当時の中国なんて全然知らなかったが、「自分が小作人の一人だったら」と想像できる具体的で臨場感のあるレポートだった。

 土地をめぐる農民、女性たちの姿は日本と同じだったんだなあと。

 今の中国のイメージではなく、当時、中国民衆が実際何をやったのか、知ることは、今の日本の我々の現状を考えるためにほんとに必要だと思った。

 農民が主人公になり、自分たちで立てた過程がすごい。

 今の日本でとても大事な「民主の創り方」を見せてもらったと思う。

 沖縄から基地をなくすことでもそうだが、忘れてはいけないことは、誰が主人公かということだと思う。

 

 次回626日プチ労133回は、当時、抗日統一戦線の中心地となった中国武漢から、日本と日本軍に向けて反戦放送をした唯一の日本人女性で、闘う中国民衆の一人となった長谷川テルが、どうしてそうなったか。

 レポ―ターゆいちゃん。

   
   
   
   
   
   

以上

 

5月27日(木) 
 5時たみゴジラ:Asさん壮行ハンドベル
子ども甲状腺ガン裁判第一回公判:Asさん代表参加
 



   
   
   

子ども甲状腺ガン裁判第一回公判:Asさん代表参加

   
   
 
 5月24日(火)
 アフターたみとや火曜日
 
   
5月22日(日) 
バイデン訪日抗議反戦デモ 
 

 5月15日(日)
 沖縄「復帰」50年抗議闘争
高円寺再開発反対デモ
 沖縄「復帰」50年抗議闘争


高円寺再開発反対デモ


 
5月9日(日)~16日(月) 
 みんたみ:アート環境整備等
 
   
   
   
   
   
   
   
5月3日(火) 
 NAZEN東京保養打ちあわせ:みんたみ活用決定♪
チームSHOKO来泊
  NAZEN東京保養打ちあわせ:みんたみ活用決定♪

 チームSHOKO来泊

   
   
   
   



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