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 5月27日(日)
 しごとのはなしバル第六回
プチ労92:「近現代日本の労働者・民衆の闘いの歴史」第四回&りんたろうSHOBO店主バースデー
 しごとのはなしバル第六回

今までの保育の仕事の話のまとめと今後
みんなよく話す♪
地域にも広がる民営化、非正規と正規の問題
もっといろんなしごとの話をしていこう
Kさん差し入れ「ちょっとちがう!うまーい」手作りコーヒーゼリー
   
   
 プチ労92:「近現代日本の労働者・民衆の闘いの歴史」第四回

参加者6人 中高年:青年=42 地域:それ以外=51

メニュー キーマカリー、オクラのザブジ、三里塚ラディッシュ・赤玉ねぎのピクルス、茹でスナップエンドウ、差し入れシャンパン・ワイン、ケーキ

 

◎「近現代日本150年の労働者・民衆の闘いの歴史」第四回(レポーターごう)

:前回「1920年代前半(第二章(1)と(2))」の補足―「大正デモクラシー」と天皇制・労働運動・中間層の動き

 前回、①第一次大戦後、世界の資本主義が大量生産の新たな段階に入る、②そのなかで、欧米労働運動よりも高揚した日本の労働運動、農民運動、③一方、関東大震災での朝鮮人虐殺など「ナショナリズム」の動きもあった。という三つをやったが、「世界の国際協調、大正デモクラシーなど“中間層”の動きは?」という意見もあったので、補足。

⇒以下に添付した「プチ労92追加事項PDF版」参照

プチ労92回目補足事項.pdf へのリンク

 

Report

 

1.「ほどほどの国際協調」(追加事項12頁)

 

・アメリカ主導で「国際協調」が謳われたが、欧米資本主義各国の「ほどほどに協調しながらアジア市場を食い物にしていこう」という妥協の産物だった。

・結果、1928年に結ばれたパリ不戦条約は、「国家間の戦争をしかけるのは犯罪」とし、日本国憲法第9条第一項「戦争放棄」の原点。しかし、この時、同時に「自衛の戦争」が言い出され、その後の戦争はすべて「自衛の名目になる。

・日本国憲法第9条第二項「戦力不保持」は、この流れとは独立して特別。

 

2.「大正デモクラシー」の経過(追加事項28頁)

 

・「大正デモクラシー」の定義や時期は諸説あるが、主な運動、「民本主義」と「普通選挙要求」の二つの経過を見る。

・始まりは「民衆が初めて内閣を倒した大正政変」(追加事項3頁):天皇を元老が取り巻く政治の限界だった。元老系の政党がいやいやできてくる。ちなみに、「いやいや政党ができた」のは、逆説的だが「民主主義の伝道者?」大統領制アメリカの憲法と似ている(追加事項3頁下段)

・雰囲気は「時代閉塞」(追加事項4頁):1910年石川啄木「時代閉塞の現状―青年を取り巻く空気は流動しない。青年には自己主張の要求が残っているのみ。理想を失い内向的・自滅的」。今と似ている。

1916年吉野作造「民本主義」(追加事項4頁下):「主権は天皇なので民主主義はとれない。天皇のもとで民衆の福利と意向を重んじるべき、が民本主義」、“天皇制の枠内での民主主義”。しかし、流行った。

・労働者民衆を感動させた1917年ロシア革命:労働者の感動!を伝える当時の投稿(追加事項5頁中段)。

・感動した学生、労働者・労働組合の参加で本格化する「民本主義」「普通選挙要求運動」:朝鮮・中国留学生も多く参加した“国際連帯”の学生たちの「新人会」(追加事項6頁上段)。「自由と自治に目覚めた労働者は選挙権を要求す」格調高い最大労組友愛会の宣言(追加事項7頁上段)。

・党利と弾圧で普選運動から離れる学生・労働者(追加事項7頁後半):「それでもなお議会を信頼しますか?」(友愛会機関誌)。「資本家の暴虐と官憲の圧制にわれわれはますます団結の偉力をやしない社会改造の意志を強める」(川崎・三菱造船大争議“の力強い!敗北宣言:追加事項7頁下段)。

友愛会が闘う労組になることを現場が求めた。

・元老系政党主導ながら普選運動を続けた中間層:「19232月には芝公園から憲政会主催の10万人のデモが、立憲政友会の妨害にも関わらず、警視総監とのデモコースの事前協議、大旗の禁止、隊列を100人単位にすることや自前の“民衆警察隊”の設置などにより逮捕者もなく、“非暴力で済々”と行われる。」今のデモと似ている。

1924年「護憲内閣」で男子の普通選挙法制定

 

3.「大正デモクラシー」の評価(追加事項810頁)

 

・普通選挙法は治安維持法と抱き合わせだった。:吉野作造がいわく「天皇はもっと国民という“赤子”を懐に抱きとれ」というのに対して、山形系の憲政会も伊藤系の立憲政友会も「“赤子(あかご)”から“アカ”を取り除いて、あらためて天皇と“赤子(せきし)”の一体化、“国体”の強化をはかる」と答えたことになる。政党が元老系でしかなく無産政党は抑え込まれ、そこに民衆はいない。

・さらに、国家・資本は、1923年関東大震災での官民連携した朝鮮人虐殺の経験も踏まえて「列強の圧迫のなかで日本は戦争と植民地なくして食っていけない」という民衆に浸透しつつあるプロパガンダで“天皇と国民の一体化”をさらに図ろうとした。1920年代、プロパガンダの教育・ラジオ・新聞という装置も整えられた。

・吉野らは、朝鮮統治の野蛮性以上には、植民地とアジア民衆の解放を唱えず、そして、当初の学生たちにはあったこの国際連帯いいかえれば侵略・差別への問題意識が、吉野ら以上に、日本共産党が第一の闘争課題とした天皇制との闘いの上でも、労働運動、社会主義・共産主義運動に問われることになる。

・労働運動は「大正デモクラシー」に押し上げられ、後で見るように、1920年代後半、それを越えようとしていく。

・もうひとつは、「10万人のデモ」を担った中間層をどう見るか? 当時、いわゆる労働者が45百万人で労組員が30万人。それに対して、商業雇人・公務員・家事奉公人、そして増えてきた大卒サラリーマンが「学生・労働者以外の10万人」か(追加事項10頁)。今後、普通選挙開始後の「2大政党政治」のなかであらためて見たい。

 

1.    とりあえずのまとめ

 

日本の民衆は普通選挙を勝ち取った。しかし、天皇制の枠内だった。支配層は一層、植民地と戦争を前提にした「天皇と国民の一体化」をすすめようとする。1920年代は民衆とのせめぎあいだった。

これをつきやぶるのは、ひとつは、今もそこにある朝鮮・アジア民衆差別と真逆の“国際連帯”か。

もうひとつは、今も「セクハラ」がそこにあるが、女性との連帯か。

後で見るように、1910年代にイギリスの「サフラジェット(武闘派女性参政権運動)」は労働運動と連携して選挙権をかちとった。日本では1920年、市川房枝らが女性参政権運動始めたが労働運動との連帯なく?敗戦後まで実現しない。

 

Talk

―「大正デモクラシー」に見えた民衆・労働運動のエネルギーと立ちはだかる「差別の天皇制」

 

Yk:「天皇制の枠内だった」が、今は、「天皇ペット論」もある。「天皇を維持するのに金はかかるが、戦争をしないためには、それぐらいの余裕がないとダメ」という。

Go:それもひとつの見方。しかし、歴史をみると「本来、日本人が戦争好き」なのかどうか? 明治になって天皇を「機軸」にして以来、ずっと戦争をしたんじゃないか。

Mk:天皇はどうして「定着」したんだろう? 自分的にはほとんど天皇を意識したことがない。

Go:プロパガンダ、刷り込みが確かにあった。しかし、天皇制打倒を掲げた日本共産党幹部も1930念代前半に多くが「転向」し、天皇制のなかでの社会主義を言うものも多かった。その理由は、「民衆のなかに天皇制が浸透してしまっていることをどうしていいかわからない」ということだった。

 「天皇制の浸透」は、今もそこにある「家が大事」「女性蔑視などの差別感」などみんなにある意識に支えられているのかなと思う。僕の知人でも「部落」「在日」で結婚をあきらめた奴がいる。

Nk:天皇制は、「血統」の意識をずっと育てていると思う。それが「部落」「障害者」「在日」の差別をつくっている。シベリアに抑留され「戦争反対」といいながら「朝鮮人はこわい。血が汚れている」と親が言っていた。

Go:当時「反戦、反侵略、国際連帯」という社会主義者も、その目は欧米の革命に向いていて、解放・革命に頑張る朝鮮・中国の留学生には「教えてやる」という態度がぬけなかった。

Nk:「国際連帯」といっても、関東大震災の時も「近所で生活をともにした」日本人が朝鮮人を守ったように、「隣の人と差別感なく話せる」ところから始まると思う。

Yk:自分はそういう差別感ってまったくないんだが、一般には、10段階の1とか2あたりという人たちが、そのちょっと下、段階でいうと、0.25とか0.5とか下の人を差別する感じなのかな。

Mg:いろいろ虐げられた農民が部落や朝鮮人を差別する。

Nk:そうそう、天皇制の国家が、「四民平等」とかいいながら、華族をつくり、貴族院をつくり、徴兵は実質、農民だけにしたりして、その10段階の区分をつくっている。

 

Mg:それにしても、1920年代、「時代閉塞」感って今とすごく似ている。今も「希望は戦争」という若者がいる。しかし、当時、あまり権利が保障されないなかで「大正デモクラシー」、そのみんなの動きはすごい。今は、もっと自由な面あるんだから、もっとやれる。

Yk:「天皇制の枠内の民本主義」って、吉野作造は、今の産経新聞ぐらいなのかな? 産経も都合よく天皇を使っている気がする。

Yi:いや、やはり、今の立憲民主党くらいじゃないか。

Nk:それでも、「大正デモクラシー」は、労働運動の高揚の蛇口をひねった。さらに、それを越える、突き破る労働運動を生み出したといえるのではないか。

Go1920年代後半では、その「大正デモクラシーをつきやぶろうとする労働運動」のいくつかの事実を今後見ていきたい。

次回は、「国際連帯」にもからんで、1920年代前半、同時期の朝鮮と中国の民族解放ともからんだ労働運動、農民運動をみていきたい。

 

以上

   
   
   

 

 5月23日(水)
 こども塾104回目:三里塚野菜で料理
たみとやジャーナル118号発行:こども塾@たみとや100回♪
 こども塾104回目:三里塚野菜で料理
こどもたちがおやつの時間に丁度届いた三里塚野菜でサラダと人参の葉の胡麻和えつくったくれました♪
   
   
   
たみとやジャーナル118号発行:こども塾@たみとや100回♪ 
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5月16日(水) 
 疾風仕事人もりちゃん2年ぶりリターン
たみとや10周年ディナー
 疾風仕事人もりちゃん2年ぶりリターン
 たみとや10周年ディナー
水曜日担当まきこさんをまじえて近所の隠れ家フレンチでディナー
   
5月12日(土) 
 シネマ共謀@たみとや<第9回>「拝啓天皇陛下様」

大学ゼミの同期がひょっこりご来店^_^何年ぶりかな^_^

 

   
大学ゼミの同期がひょっこりご来店^_^何年ぶりかな^_^

 
 5月3日(木)

改憲・戦争阻止!大行進5.3銀座デモ
「うよく」密集密度最大

 
   





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